昭和時代の神がかった有名人の世界観

2024-07-14 (日)

 幼なながらに北海道の片田舎で感じていた有名人や芸能界への人々の感覚というものが、現在私が東京で暮らしている中での感触と全く違うわけである。田舎の人々は芸能界やその他の分野での有名人という人々に対して、何かしら神がかったものを感じていて、到底到達できないという無力感を感じている。しかしその反面、田舎の街から何等かの有名人が出たとするとお祭り騒ぎといったものが生じる。特に私が幼少期を過ごし1970年代の私の住んでいた地域には、そういった有名人は1人もいなかった。
 姉の幼稚園に坂本九がやってくるということで街中が大騒ぎになったことがある。坂本九が幼稚園の園児と一緒に数分間歌を歌うだけのちょっとした中継であり、おそらく芸能活動の地方のドサ回りの一種なのだろうけど、そのときの街の盛り上がりようはひどかった。母親と姉は幼稚園に訪れ、姉は坂本九と一緒に歌を歌った。母親はその神かかった坂本九を見物しにゆくという興奮とともに、彼女は坂本九の番組本番前の不機嫌さに非常に腹を立てていた。終始不機嫌で、カメラが回った途端ににっこり顔になり、収録が終わるとまた不機嫌になったのだという。今にして思えば、彼らも仕事として芸能人をやっているのであって、カメラが回る前後はスタッフも坂本九本人も当たり前に(不機嫌というのではなく)何かしらに真剣に取り組んでいるという状況なのだろうと今にして思えばそういうことを容易に想像でいる。しかし当時の片田舎の主婦には想像できないことだったのだろう。

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明るい雲は魅了し、シマウマは静かに小走りになる

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